2001年9月11日朝、アラブ人系とみられる若者19名(推定)によって、アメリカン航空2機・ユナイテット航空2機の国内便計4機がハイジャックされた。 このうち2機がニューヨークにある世界貿易センタービルの2棟に突入、1機がワシントンDCにある米国防省に突入したが(といわれる。国防省の現場写真はあるが突入機の写真ナシ!)、1機はピッツバーク郊外に墜落した。
NYのダウンタウンで売っていた絵はがき(1米ドル) アメリカ当局は、何処の組織からも犯行声明は出ていないのにも関わらず、8時間後には一連のハイジャック事件を、アフガニスタンに住むオサマ・ビンラディン氏(イスラーム原理主義武装集団アルカイダ指導者、サウジアラビア出身)を首謀者とした「テロ事件」と決めつけた。
アメリカ当局はこの《テロの報復》として、(1)オサマ・ビンラディン氏および、タリバン政権指導者であるオマル師の逮捕または殺害。(2)彼を匿うアフガニスタンのタリバン政権と、武装集団アルカイダの壊滅、を宣言した。 アメリカは英国軍などと共に大規模な軍事作戦《不屈の自由》を開始。ペルシア湾に兵力約3万&作戦機約550を展開した。 2001年10月7日、首都カブールを大規模な空爆を実施。地上軍を展開し(同年10月19日)、米英軍の支援を受けた反タリバン勢力である北部同盟がカブールを制圧。 2001年12月7日、タリバン政権は本拠地カンダハルを明け渡し、アフガニスタンのタリバン政権は崩壊、指導者カルザイ氏のもとで復興が開始された(難航中)。 《テロの報復》という目的(大義名分)は達成したが、オサマ・ビンラディン氏、オマル師(タリバン政権指導者)ともども発見に至らず(2003年9月現在)。この2ヶ月半に渡る戦闘で、市民3000名以上が死亡したとみられる。 |