《Republic of Korea / テーハンミングク:大韓民國》

北朝鮮工作員が宿泊していたメトロポリタンホテル
撮影場所:ベオグラード

メトロポリタンホテル
(大韓航空機爆破事件で使われたホテル)

金賢姫(蜂谷真由美)、金勝一(蜂谷真一)が宿泊

韓国安企部発表によれば、1987年11月27日、金勝一と金賢姫は宿泊していた部屋で、所属する朝鮮労働党中央委員会調査部の直属の上司である崔課長から、大韓航空機に仕掛ける時限爆弾(トランジスターラジオ)と液体爆発物(酒)を渡された、そうだ。

金勝一と金賢姫はベオグラードでは、写真を撮り合ったり市内散策を楽しんでいた、らしい。

11月28日、金勝一と金賢姫は、バグダッド経由〜アブダビ経由〜バンコク経由〜ソウル行きの大韓航空858便に乗った(バグダッドで途中降機)。アブダビで同機に、時限爆弾(トランジスターラジオ)と液体爆発物(酒)を置いて降機した。

11月29日08:05頃、大韓航空858便はアンダマン海上空で爆破した。

一見立派だがしょぼいホテルである


大韓航空機爆破事件(KAL858機爆破事件)

1987年11月29日08:05頃、乗客95人と乗務員20人を乗せた大韓航空858便ボーイング707機は、バクダット空港(イラク)を出発、アブダビ空港(U.A.E.)を経由して、次の経由地バンコク(タイ)に向かっていたが、ミャンマー領海のアンダマン海上空で爆破した。同年12月1日の韓国安企部(韓国国家安全企画部、旧韓国中央情報部)の発表によれば「空中爆破による墜落」、生存者は1人もいなかった。

蜂谷真由美は当初、中国語と日本語でのみの簡単な供述に終始。「中国黒竜江省生まれの「百翠恵」と名乗り、広州に住んでいた」等と自供するも矛盾点が多かった。同年12月23日、蜂谷真由美は突然、初めて韓国語を使いながら、事件の全容を自供した、そうだ。

安企部の捜査発表によれば、蜂谷真一は金勝一。朝鮮労働党中央委員会調査部所属の特殊工作員で69歳。蜂谷真由美は金賢姫。同部所属女性特殊工作員で25歳。金賢姫の自白によれば、大韓航空機爆破した目的は「ソウル五輪を妨害するために北韓の首領様金正日の指示に基づいて行われた」とのこと。

1987年11月12日、金勝一と金賢姫は、平壌の順安空港からモスクワ経由でブダペスト(ハンガリー)に飛ぶ。金賢姫は、北朝鮮の旅券(金玉花という名前)を持ち、外交官旅券を持つ崔課長、崔指導員も同行した。

ブダペストでは北朝鮮のアジトに6日間滞在

同年11月18日、北朝鮮大使館の乗用車でブダペストから陸路ウィーン(オーストリア)に入る。この移動中の車中で、金勝一と金賢姫は北朝鮮旅券を返却。ブダペストに駐在の北朝鮮外交官ハン・ソンサムから「蜂谷真一/蜂谷真由美」の偽造旅券を受け取った。

ウィーンでは《パークリングホテル》に5日間宿泊

金勝一はオーストリア航空オフィスにて、オーストリア航空便のウィーン〜ベオグラード(ユーゴスラビア)、イラク航空便のベオグラード〜バグダッド(イラク)。大韓航空便のバグダッド〜アブダビ(U.A.E.)、ガルフ航空便のアブダビ〜バーレーン(バーレーン)行きの航空券を購入した。

また11月20日には、アリタリア航空オフィスで、(任務終了後に搭乗するために)アブダビ発〜アンマン経由ローマ行きの逃亡用の航空券を購入した。

同年11月23日、「蜂谷真一/蜂谷真由美」の偽造パスポートを使い、オーストリア航空機にてベオグラードに到着、《メトロポリタンホテル》に宿泊する

同年11月27日、彼らとは別にベオグラード入りした直属上司(崔課長)は、金勝一と金賢姫が宿泊する部屋で、日本製小型トランジスターラジオ(パナソニック)の中にC4を詰めた時限爆弾と、酒瓶に詰めた液体爆発物を渡した。

同年11月28日23:25、金勝一と金賢姫はベオグラード空港から、バグダッド行きのイラク航空機に搭乗しようするが、爆破用ラジオで使う乾電池4本を押収される。だが父親役の金勝一が強く抗議、乾電池を持ち込むことが出来た。

金勝一と金賢姫は、バグダットからアブダビ経由〜バンコク(タイ)経由ソウル行き大韓航空858便に搭乗。金賢姫がビニール製ショッピングバッグの中に、崔課長から受け取った2つの爆発物を座席番号7Bと7Cの上にある荷物棚に置き、同年11月29日02:44、アブダビで降機する。

大韓航空858便は03:30、アブダビを離陸。予定通り9時間後(11月29日08:05頃)、アンダマン海上空で爆破した。飛行機と乗員・乗客は跡形もなく消えた。乗客、手荷物などが何ひとつ発見されていない。発表によれば、空中爆破による墜落となっている。

同日09:05、日本の旅券を所持していた蜂谷真一(金勝一)と蜂谷真由美(金賢姫)は、ガルフ航空機030便でアブダビからバーレーンに移動した。。バーレーンでは《ホテルハイヤットリージェンシー611号室》に2泊した。

発表によると、韓国政府と大韓航空は、すぐさま「テロによる空中爆発の疑いがある」、としてU.A.E.(アラブ首長国連邦)駐在大使館と大韓航空支社に緊急指示。アブダビ空港(U.A.E.)で降りた15人の外国人乗客に着目。

日本の旅券を所持していた蜂谷真一(金勝一)と蜂谷真由美(金賢姫)の入国カードに不備があり「容疑者」として断定。連絡を受けた日本大使館は2名がバーレーンに潜伏しているところを確認。さらに2人の旅券は「偽造」と断定される。

同年12月1日、蜂谷真一と蜂谷真由美はバーレーン空港にて、ヨルダン航空067便アンマン行き(08:30発)の搭乗手続きを済ませた。そのまま出国手続きをしているところ、日韓大使館員・バーレーン警察が事情徴収を試みる。

だが2人は服毒自殺を図る。蜂谷真一は煙草の中に隠した毒薬アンプルを噛んで死亡。蜂谷真由美は毒薬アンプルで自殺しようとしたが失敗。

同年12月15日(初の普通選挙☆韓国大統領選挙の前日)、蜂谷真由美の身柄は韓国に移送された(自殺防止用マスクをつけた姿で金浦空港に到着。その姿で飛行機のタラップを降りた)。

※翌日の大統領選挙では、強硬な対北朝鮮政策を主張した盧泰愚候補に有利が圧勝。対抗候補は金泳三、金大中だった。

この事件の物的証拠はほとんどなく、金賢姫の自白頼みである。

この事件には様々な疑惑があり、1998年11月には、韓国主導の事件(韓国権力機構=安企部等の謀略)ではないか?と騒がれている。また2003年には自称・実話小説「背後」でも取り上げられている。遺族会と真相究明市民対策委員会が事件の質疑書を韓国国家情報院に送ったところ、2004年3月に公式に回答を得る。これにより初動捜査のずさんさ、新たな疑惑が明らかになった。

疑惑とは…

(1)機体が空中爆発・落下したアンダマン海の捜索は、タイ政府の陸地捜索隊だけに依存。米国政府の人工衛星などを使った調査協力要請を辞退。ブラックボックスも回収されていない。
(2)機体の残骸はほとんど発見されていない。3年後に大韓航空のロゴの入った尾翼の一部(破片は2つあり、合わせるとOFFICIALという文字になるが偶然の一致にしては不自然過ぎる)と、858便の救命胴衣の一部など。
(3)両工作員が持ち込んだ爆発物では、機体は粉々に砕け散らない
(4)金賢姫は死刑判決後(1990年3月)、特別恩赦を受けて釈放された(1990年4月)。
(5)恩赦後、金大中政権が誕生した直後の1997年、金賢姫は身辺保護に当たっていた安企部職員と結婚した。
(6)金賢姫は北朝鮮の工作員なのか?北の工作員であると信じさせる金賢姫の子供の頃の姿だとして示された写真は、別人と判明。
(7)大韓航空858便は、全員韓国人で、外国人(15名)は全てアブダビ空港で降機している。

…。他にもまだまだある。言われてみれば、確かに不可解な事件である。