《 中華人民共和国 》

▼行き方

「洪抗鎮」ホンコンツン から「古竹」下車。バイタクが便利。片道5元以内(2004年1月)。「洪抗鎮」までは、廈門またはからの“永定/下洋”行きのバスが「洪抗鎮」に止まることが多い。廈門またはからの“永定/下洋”行きのバスは、経由地(ルート)が色々あるので、事前に確認が必要。他、近隣の町からのミニバスなどの便も多い。

客家方楼:裕福楼
撮影場所:福建省永定県洪坑鎮


裕福楼:1882年の建築。福建省永定県最大の五鳳楼。林3兄弟の本邸宅としてつくられた。《裕福楼》は、家屋の外壁全体を漆喰を塗っている。他の五鳳楼とは若干異なり、主楼(写真奥)と下堂(写真手前)と横堂(両横)が、「口」型につながっていて、方楼のようになっている。また下堂には、3兄弟がそれぞれ「大門」を横並びでつくっている(通常、大門は1カ所)。1階部分の装飾は素晴らしく、かつ繊細。

住区画は3つに分かれているものの、現在、《裕福楼》では「主楼」は廃墟、3兄弟の長男、次男の子孫が「横堂」に住んでいる。

見学は自由。

五鳳楼様式

《五鳳楼》は、3堂2横(横堂)建築。
大門を入ると、下堂→中堂→主楼、と一直線に並んでいる。各堂の間には「中庭」がある。この3堂を挟むように横堂がある。大門から主楼にかけては(横堂も含めて)、段々と、建物の階数が高くなるようにつくられている。

《五鳳楼》では、一族の棲み分けが、序列によって明確に区分けされている。「主楼」は他の堂より、壁を厚く、高く、つくっているのが特徴。見張り台としての役目を担う。有事の際、主楼に避難した(裕福楼の主楼は5階半建て)。

主楼には、家長一族が住む。横堂には家長の息子一家が住む(主楼に近いほど序列は上)。中堂は、主に客間。下堂は、一族の学堂の場で、家庭教師も住んだ。

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「煙刀」で儲けた、洪坑鎮の客家

「煙刀」は、煙草の葉を細かく刻むための刀。洪坑鎮の基幹産業だった。

洪坑鎮の周辺は、煙草の一大産地。この煙草を加工するための「煙刀」の工場が洪坑鎮にある。19世紀初、優れた鍛冶技術を身につけて故郷の洪坑鎮に戻った林仕栄が、親族のみに技術を伝授しながら、品質を向上。結果、洪坑鎮の「煙刀」は名刀の誉れ高く、中国全土に知れ渡った。

林一族は「煙刀」で財を成して富豪になり、特に秀でていた日昇工房を営んでいた《林一族3兄弟》は、19世紀中期には、既に栄華を極めていた。この時代、優美な巨大方楼が洪坑鎮に出来た。

林3兄弟は、長男・次男が亡くなると、3男と遺児が対立して内部分裂をおこす。20世紀初、日本で作られた「煙刀」が中国大陸に輸出されると、洪坑鎮の「煙刀」は、日本の営業力と技術力には勝てず、敗北した。

(以上、旅行人ノート“客家円楼”岡田健太郎 著より)










2001年3月撮影